因果応報、原因と結果の原因って。

自分が作ったものに対して言うんだね。

因果応報

先日『自己愛反転説』が腑に落ちたワタクシ。

「自分で自分を愛したがゆえに、自分を守る行動をとった(感情に蓋をした)。泣いたり笑ったりぐずることもほどほど=手のかからない子=周りの笑顔や安心感が増えた。こんなことがあったとしたら、私の過去データには「自分を愛し守り、感情を表現しないことは、周りの笑顔や安心感を増やす」という方程式がインプットされる。」

引用:「自己愛反転説」より

これに氣付いたからよかったものの、それまでは「感情に蓋をしてしまうほどの生命の危機を感じた環境や出来事」に対して、腹を立てたり、怒りや怖さを感じていました。

どうも私の因果応報の解釈が中途半端だったみたいです

因果応報に対して『結果には原因がある』と言うざっくり解釈をしていました。自因自果。善因楽果、悪因苦果。良いことをすれば良いことが返ってくる。悪いことをすれば悪いことが返ってくる。自分のしでかしたことは自分に返ってくる。←この件に関して、まさにこの感覚が抜けていました。これをもとに考察すると、

× 原因「感情に蓋をしてしまうほどの生命の危機を感じた環境や出来事」⇒結果「波瀾万丈人生となった」(原因:外的要因⇒結果:内的要因)

ではなく、

◎ 原因「(生命の危機を感じるほどの環境や出来事を体感し、自分で)感情に蓋をした」⇒結果「波瀾万丈人生となった」(原因:内的要因⇒結果:内的要因)

だった。

つまり、私が感情に蓋をしたことが原因だったにも関わらず、生命の危機を感じた環境や出来事のせいにし、なんでこんな目にあわなきゃいけないの〜という感情になっていたと言うこと。でも、生命の危機を感じるほどの環境や出来事がきっかけなのは間違いない。だとしたら、どう考えたら良いのだろう。。。

ここで『宿命説』登場!!

『この親を選んで生まれてきた!』のブログ記事で書いた通り、決められていたとしたらどうだろう。全ての工程が決められていたとしたら。感情に蓋をさせることも込み込みで決まっていた。なぜそんなことを??? この親を選んで生まれてきた!と言うことに氣付かせるため。なぜそんなことを??? 自己愛に氣付くため。

自己愛=自己承認

今、思考と感情の溝が凄い勢いで埋まっていく感覚があります。まだ、揺らいでしまうことはあるけれど、ベクトルが間違いなく自分の望む方に向かっていることを感じています。これからいろんな結果が出てくることで、自己承認度合いが今どれくらいかを知ることが出来るんだろうなぁ〜と、か〜な〜り、興味津々です。

また、ここまでの道のりも因果応報のはずなので、振り返ってみようと思います。でも、今回のこの氣付きは、私にとってのおそらくは『根幹』だと思うので、あとは枝葉を丁寧に反転するのみ。私の今までの経験的比率では、根幹が反転すると、枝葉の威力は3割程度になる(はず)。

反転は一瞬なのですが、そこまでの道のり、長かったぁ〜。それに「この親を選んで生まれてきた!」なんて言葉、いままでに何十回も聴いてきているのに。。。今なんだね〜。

スピの世界の攻略方法も、リアル世界の攻略方法も同じ氣がしてきた。その辺もちょっと検証してまとめてみようと思ってます。(^^)v

あとがき

ちなみに!宿命説とか言うと、なんでもかんでも宿命のせいにして現実を見なくなりがちですが(かなりやってましたぁ〜 ^^; w)、ここでの宿命の捉え方は、道が決まってるなら、その道をどう楽しくしていくか、または危機をどう回避出来るかなど、知ることで建設的な対策を考えることが出来るツールの役割り。

宿命は変えられないかもしれませんが、運命は変えられるはず。例えるなら、お重に白飯に梅干しの人生か、お重にいろんな煌びやかなおかずの人生かと言う感じ。器(宿命)は決まってても、中身(運命)はお好みでいいですよね!と言う視点です。どっちも好きなので選べるっていうのがポイントです!!(←この例え、伝わるのか!?w)ま、まだ反転したばかりなので、引き続き検証しま〜す!!(^0^)/**

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